万華六花 奇妙譚  (お侍 習作131)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


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 この広大な大陸に住まう人々をほぼ二分し、長き歳月かけて繰り広げられていた大きな戦さに幕が下りてから、そろそろ十年以上の刻
(とき)が経つ。一体誰と誰とが何を理由にいがみ合っていたのか、そして結局は誰がどのように勝ったのか。そんな根幹部分が、曖昧なままに始まって曖昧なままに終わった戦さであり、一番大変な目に遭った人々へほど曖昧なままとされたにも関わらず、そういう人々ほど呆然としていては明日へ生をつなげぬ苦境にあったので。だからこその速やかに、人々は生活を立て直すことへと奔走した。荒れた土地を耕し直し、少ない物資をやり繰りし。人が人として生きてくための土台となる“生活”という名のそれらを、混乱と荒廃の中からこつこつと均しては構築してゆき。そうやって村や里を起こし、それぞれの間を繋ぐ物流をこさえ、その末のやがて、人や物の行き来の中枢となる街が繁栄して来たのがここ数年のこと。殊に、大戦時に軍人らが足場とし、空の高みを悠然と浮遊していた天空の城、本丸と呼ばれた超弩級戦艦を引き継いで、そこに住まわった商人たちの繁栄は凄まじく。軍人たちが展開していた消耗合戦へと費やされる物資…という大義名分をかざされての、ある意味で“搾取”を受けていた人々と軍部とを繋いでいた彼らは、戦後も当時とさして変わらぬ条件で物資を買い叩き、当時と変わらぬ利潤で肥え太り、おらが春を満喫していたようだったが。そんな彼らの頂点に立っていた存在が、先年、唐突な滅び方をしたものだから、統治者の定まらぬ今はまた、微妙な混乱期にあると言える。

  ―― まま、そんな混乱もまた、
      覇権争いに意欲のあるよな、上つ方の間での話題。

 中庸平凡、ほどほどに楽しく生きて、ほどほどに暮らせておれればいいという層の民草には、そんなほどほどの生活を送れる里や町に根を下ろせればそれで十分。途轍もない混乱の時代に子供だった世代らが、おいおい社会に出ようというこの頃では、あちこちにしっかとした組織形態を構えた“都市”も生まれつつあるが。その一方で、大戦の落とし子、浪人にもなれぬ機巧躯の元軍人“野伏せり”たちが、力なき人々への蹂躙という無法を相も変わらず続けていて。地力をつけた民や、そのような人々に雇われての守護として立った生身の浪人らが撃退し、随分と打ち減らされての今では、かつてほどの威勢こそなくなったものの。現在の進化を支える“電信”の発展に沿った物流の発達へと目をつける、抜け目のない連中もいる。そんな連中へと向けて、こちらは自警団が発達したもの、州廻りの公安組織が奮闘してもいるけれど、なかなか全てへと対処し切れるものではなく。そこで…軍人崩れや浪人上がりの中でも最たる存在、所謂“賞金稼ぎ”らがその腕前を必要とされ、大戦当時の合戦よろしく、刀と刀での命の取り合い、引き続けている現状でもあったりし。



 【 とざい東西〜〜〜♪】

 にぎやかな雑踏に鳴り響くは、拡声器で増幅された、伸びやかな呼び込みの声。ほんの少しほど前までは、ここは単なる通過地点、ここから西へとまばらに散った農村の内の一つに間近いという、物資流通の上での小さな宿場町に過ぎなかったのだけれども。とある人物がこつこつと広めている“電信”という情報網の、軸となろう基点をたまさかに此処へも据えたことで、人の流れや物流の基点としての顔が出来、それからの発展ぶりの何とも目覚ましかったこと。旅人は必ず此処を通過し、よその土地の情報を此処で得たり、手持ちの情報を此処へ置いてったりし。そんな情報を商いへと活かそうとする人々が、近在からも遠来からも此処へと集うようになっての今は、結構な規模の街へと発展しつつあるこの地を、人々は“彩雅渓”と呼んでいた。別なところにあるやはり物流の街、叩き上げの商人がたった一人で基礎を作って引っ張り上げて、結果、素晴らしい繁栄を見た街にあやかってのことだそうで。同じ発展をと望みをかけられたこの街もまた、行き交う人々の波が結構な雑踏となり、主幹道の左右に軒を並べる大小さまざまな店屋もまた、相当に繁盛している模様。情報を得るための連絡所は元より、宿屋や飲食店、物資補給に早亀や馬、輸送艇などという旅の足。そういったものを扱う旅人相手の商売と、そんな人らを支える商売とがどんどんと膨らんでの、此処への定住を決めている人々の数も相当な数となり、街自体が随分な規模となりつつある過渡の只中。周辺を跋扈していた野伏せりやならず者への、最初は形ばかりの防壁も、少しずつ頑健なそれへと厚みを増して、いつしか頑健な城塞に差し替わり。陽に晒されての白く乾いた高い壁に囲まれた、そんな街の広場にて、人々の注意を喚起した呼び込みこそは、

 「おお、天海一座の興行が始まるぜ。」
 「そうか、今日は花の日か。」

 これも豊かさから来る余裕の一端か。通りすがりの旅人への娯楽、遊興のあれこれの内の一つとして、この街では軽業の一座が天幕張っての興行を続けている。芝居や講談よりも、綱渡りや出刃打ちといった、大道芸や曲芸が中心の、はらはらするよな演目が多いので、若い人にも人気があっての賑わっており。中でも数ある演目の佳境に登場する娘、高みに張られた綱の上での的当て名人、座長の一人娘のお冴の美しさには、それなりの格や位もあるような ひとかどの人物までもが、意中としてか目をかけて下さっているほどだとか。

 「いやはや、あんな別嬪さんは、そんじょそこらの大きな街にもそうは居ねぇ。」
 「そうそう。」

 まだまだ十代とうら若く、こういう商売にはまずは必要だろう、ご陽気に愛嬌を振り撒くことにだけ、妙に不器用な少女だけれど。そんな難さえ瑕にもならぬは、真の貴人にも滅多にはなかろう、才を呑んでの深みある、それは豊かな魅惑を秘めし美形であったから。驕っての威張りくさってお高くとまっているでなし、青いほどの瑞々しさの中、だのに気丈さから来るそれか、高貴な品格もあっての叔やかな。毅然としておるそこがまた良いと、客たちの誰が言い始めたか“姫”とさえ呼ばれているほどの人気者。柳のようにしなやかな肢体に、ある時は 仇名通りの姫君模した、錦の衣紋をまとわして。またある時は 肌もあらわな際どい衣裳、透ける絽を幾重にも重ねたそれを、天女の羽衣のようにひらめかせての綱の上へと姿現し。満場の客から降りそそぐ、怒涛のような喝采浴びて。その日の興行締めくくる、華やか見事な舞台を鮮やかに務め切る花形の君。今日も今日とて、様々な演目がそれぞれに決まってののち、興奮しきりの衆目がわくわくと待ち受ける中、いよいよとの華麗な調べ、お神楽のような管弦使ったお囃子が鳴り響くと、

 「おお、今日は巫女舞いか。」
 「白拍子の衣裳の何とお似合いか。」

 見上げた誰もがついつい口を開いてしまうほど高いところに張られた綱の上、背中に負うた大弓の勇ましさをも相殺する、雅な美しさを凛と冴えさせて。背中まで伸ばしたつややかな黒髪、七色の元結いでうなじに束ね。白い小袖に緋色の袴、神に仕える娘の姿で、人々の頭上、高い高い主柱の天辺近くに設けた足場へ姿を見せる。ほのかに紅ひく白面に据えたは、芸にのみ真摯に向かい合う者の真っ直ぐな眼差し。客への愛想も振れぬほど、その日その日の出番へと、真剣本気で立ち向かうしか集中出来ぬ、可憐な少女が小さな姿、特別な投光器が照らし出し。馬が数頭駆け回るような、円形の広場になった演舞場の真ん中に立つ、天幕支える主要な柱。そこから下へと斜めに張られた綱の上を、低いところから高みへ上るは何とかなるが、その逆は年季を積んだ玄人であっても至難の業。だというに、こちらの姫は、そんな傾斜を宙返りや逆立ちを交えての見事な身ごなしで、麗しの顔容がようよう見えるところまで、するすると降りて来やる芸達者。今日も今日とて、早くもその半ばまで、袖やら髪やら ひらはらと打ち振る優雅な振り付け取り混ぜながら、するするとなめらかに進み来ており。柔軟な肢体を前へと折って、何度か宙返りを混じえるそのたび、蹴り上げられた紅の袴から覗く白いふくらはぎに、場内の男衆が揃って おおと歓声を上げたのもいつものこと。まだまだ女としての色香や艶もて媚を売ることなぞ知らぬ、ともすりゃ生真面目な冴姫なればこそ。時たまそのように、意図のないはしたなさを零すと どれほど場内が沸くことか。とはいえ、それをやんやと囃し立てれば、たちまち頬染め、芸も半ばに引っ込みかねない晩生
(おくて)な姫なので。たまらず洩れた感嘆は素早く飲み込まれ、場内は緩く流れるお囃子の音にのみ覆われる。これがいつもの手順なら、丁度 真ん中あたりに達すると、背中に負ってた弓を取り、胸元わずかにくつろげての華奢な腕をば左右に張った、そりゃあ凛々しい構えから。的を狙っての一矢を放ち、くす玉を幾つも割って見せての、そこから鳩を出すなり、金銀の紙吹雪や飴玉などなど、ちょっとした菓子を客らへと降らせて幕となるのだが。

 「…? 今 何か飛んでかなかったか?」
 「ああ。何かの影が…。」

 雨風避ける天幕の上、陽を遮って横切った何かの影が黒々と幾つか。あまりに素早かったので、せいぜい雲がかかってのこと、陽が陰ったのじゃあないかと思った人が大半だったが。鳥にしてはやけに大きくはなかったかと、異変と気づいた一座の者が何人か。こそこそと小声で確かめ合ってたその間合いを引き裂いて、

  ―― 轟っ、と

 その天幕を強引にも引き裂き、空から飛び込んで来たものがある。まだ陽も高い時間帯であったため、分厚い天幕の裂け目からまずはと一気になだれ込んで来たのは、外の光の目映さで。それを負っての黒い影が次々に飛来する様は、正体不明の襲撃者だというの、ますます強調してのこと、それはそれは恐ろしいものの襲来と思わせるには格好で。場内のあちこちで悲鳴が上がり、客も演者らも度肝を抜かれ、逃げ出すためにと手荷物も放り出しての右往左往をし始める。そんな中、

 「お冴ちゃんっ!」
 「姫っっ!」

 丁度演目の真っ最中だった美少女を、誰もがハッとして案じたのは言うまでもなくて。いきなりの展開に足がすくんでいるのではなかろうか、それどころかまだまだ高さのあった綱の上から、動転して落ちてやいないかと。最悪のこと、案じた誰もが青ざめながらも見上げた先では、

  「…っ!!」

 さすがに驚きはしたのだろう、唐突に差し込んで来た光から目元を庇っての差し渡した腕がお顔を覆った、ほっそりとした姿がそこには見えて。ああよかった落ちてはないかと胸を撫で下ろしたのも一瞬。斜めに渡された綱の上、姿勢を低くして屈み込んでた小さな巫女様を、一陣の突風が横薙ぎに掻っ攫う。

 「あ…姫っっ?!」
 「お冴ちゃんっ!!」

 大きな土管に伸縮する腕がついた形の浮遊物。大戦時に開発された、鋼筒とかいう小型の空艇が、場内のあちこちを滑空しており。それらを従えて来たのだろ、真っ黒な装甲姿のこれもまた機巧躯の野伏せり、甲足軽とかいう無表情の怪人が、華奢な少女を小脇に抱え、鋼筒の一つを足場にしてか、その上へと飛び乗っている。

 【 よしか、我らは此処いらを縄張りとする“砂の佐平次”の一味だ。】

 機械を通したような声が轟くと、騒然としていた場内は一気に叩かれ静まって。一般の民にはなかなか拝めぬそれだろう、何の支えもないまま宙へと浮いての静止している幾つもの機巧躯という、いかにも不思議で物騒な光景へ、息を飲んでの静まったところへ、

 【 この襲撃は、我らが頭目様の怒りのほどの現れぞ。
   以前より声を掛けておったに、色よい返答がなかったこれは報い。】

 そんな勝手な言いようを、不思議な声は続けて紡ぎ。あとはお決まりの脅迫の文言。のちに再び使いを遣わす。それへと要求も言伝てるから、せいぜい金子財貨を用立てておくのだなと。何とも卑怯なお言いよう。しかもしかも、

 【 くれぐれも我らを追おうと思うな。
   誰ぞの影をば見いだせば その時は、この娘御の首を折るからの。】

 あまりの怖さに意識を失ったのか、四肢をだらりと萎えさせてしまった少女を危険な高みでほれほれと揺さぶって見せ、今 此処で落としてもいいのだぞと言わんばかりの威嚇を示す。ひぃと上がった悲鳴に満足してか、それ以上の乱暴はなかったものの。束ねられた黒髪や、たっぷりと生地を使っていての長々引き摺る衣装の裳裾が、しな垂れたままで大きく揺れた態、力任せの強引に連れ去られてゆく 非力な身の痛々しさを強調してもいて。

 「お冴ちゃんっ!」

 今日のところはこれで終しまいか、それ以上の狼藉はないままに。飛び込んで来た機巧躯の一団、突入して来た同じ穴から次々速やかに撤収してゆき。後には嵐の通った後のような静けさが、不気味なまでの満ち満ちているばかり…。




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